3タイプのストレス反応

 私は産業医としてストレス相談もしていますが、面談者は仕事の質や量、職場の人間関係をストレス原因として、その改善を訴えに産業医面談にくるわけではありません。落ち込んだり、眠れなくなったり、集中できなくなったりと、様々な症状を呈してその相談に産業医面談にくるというのが実情です。

 一方、同じような職場環境で働き、同様のストレス原因にさらされているものの、ストレス症状を呈さない人もいます。

 ストレス原因とストレス症状の間にあるのは、個々人のストレスへの“反応”です。この反応は、個人の認識や心がけ次第で、単なる反応で終わらせることができる場合と、メンタルヘルス不調へ続いてしまう反応性ストレスになる場合があります。

 反応性ストレスの3つのタイプは、頑張るストレス我慢のストレス、そして、ガス欠ストレスです。

 頑張るストレスは、優秀な人も知らず知らずのうちに溜め込みやすい類のストレスです。
 最近の職場では、あの人に頼めばなんとかしてくれる的な優秀な人に仕事が集まりやすい傾向があります。結果、優秀な人ほど早く帰るのではなく、優秀な人ほど仕事が集まってしまい、遅くまで残業しているのです。

 このような状況に対し、その優秀な人は「頑張る」ことで対処します。同じ状況が続いてもさらに「頑張る」。そして翌月も「頑張る」。上司や同僚からの信頼や感謝は、最初のうちはモチベーションの源になりますが、次第にこの人の「頑張る」は、本人にとって以上に周囲にとって、頑張り続けることが“普通”となってしまいます。

 みんなのために自分は頑張っている、頑張り続けている。しかし、それが認められていない。。。ふとそのように感じた瞬間に、報われていない感覚、頑張りが叶わない感覚が一気に押し寄せてきます。そして、張っていた気持ちが切れてしまいます。肉体的あるいは精神的な疲労の蓄積に気づき、今までの“頑張っていた反応”が、“反応性ストレス”に変わります。
メンタル不調になってしまうのは、何も仕事への適性に欠ける(いわゆる能力不足)人だけではありません。多くの上長たちが心配している、チームの花形選手のメンタル不調は、このような頑張るストレスから生じているパターンを私は数多く経験してきました。

 2つめの反応性ストレスは我慢のストレスです。

 これは、Noと言えない人に生じやすい反応性ストレスです。 頼まれた仕事や苦手な人間関係にNoと言えずに我慢、あと少しと考えて我慢、仕事がなくなることが怖いから我慢等々、我慢、我慢、我慢です。我慢している限り、仕事や人間関係は続くことが多く、実際の我慢はあと少しでは終わらないことがほとんどです。

 働く人にとって、多少の我慢は必要でしょう。しかし、この我慢がストレスになり、自分の健康を害するまで溜め込んでしまうのは問題です。我慢の反応性ストレスを溜め込みやすい人たちに共通しているのは、自分のストレス原因への対処手段に、他人を巻き込みたくない、他人に迷惑かけたくないという感情です。聞こえはいいですし、自分のストレスとならない範囲内でできている限り、これは美徳です。

 しかし、この気持ちの根底には、他人を巻きこんだり、その時荒波を立ててしまったら、自分が嫌われてしまうのではないか、がっかりされるのではないかという“不安”が潜むことが少なくありません。一方、自己肯定感の高い人は、日頃から相手の関係性が強固なものであると自信をもっていたり、1つ「No」ということで自分の全ての評価がネガティブになることはないと考えていますので、我慢がストレスになる手前で「No」と言えています。

 我慢を続けても報われていない、我慢が叶わない、何も改善しない、ふとそのように感じた瞬間に、張っていた気持ちが切れてしまいます。肉体的あるいは精神的な疲労の蓄積に気づき、今までの“我慢していた反応”が、“反応性ストレス”に変わります。

 周囲から見ても次第に調子を崩してるようにうつり、心配した上司や同僚から産業医にかかることや休暇を取ることを勧められるものの、「大丈夫です。もう少し頑張ります。」と返答し、早期治療の機を逃してしまったパターンを私は数多く経験してきました。 

 3つめの反応性ストレスは、ガス欠ストレスです。

 これは、仕事以外の日々の生活に、趣味がない、楽しみがない、熱中するものがない。それ故に、気分転換やon offのメリハリがなく、なんとなく、ただなんとなく、徐々に徐々に調子が悪くなってしまうパターンです。

 先日産業医面談にきた転職後2年目の32歳、独身男性はこの典型例でした。最近休みがちだということで上司から進められ産業医面談に来ました。彼の勤怠簿を調べてみると、半年前からは毎月1−2回病気で休んでいたようでしたが、上長からの仕事の評価は、「ハイパーフォーマーではないが、ローパーフォーマーでもない」、つまり、休みの回数以外はごく普通の社員とのことでした。

 実際に私が話を聞いてみると、半年ほど前から“体調不良”によく見舞われるようになった、そして2ヶ月前には頭痛とめまいの頻度が増えたとのことでした。近所の医者で頭のMRI検査を受けるも異常なし。頭痛薬をもらい飲んでみると症状は改善していたが、最近は改善しにくくなり医者からも遠ざかっているとのことでした。会社から徒歩圏に住み、睡眠も良好、特に仕事がやりにくくなったり結果が出なくなったとの自覚はありませんでした。

 ただもう少しプライベートも含めて聞いてみると、週末は一人家で何もしないで過ごすことが多いとのことでした。1年前までは、前の会社の同僚たちと毎週の飲み会や週末の麻雀大会を楽しんでいたようですが、転職後は疎遠になり、また、今の部門は同世代がおらず、平日の飲み会も週末の友人たちとの集まりもなくなってしまったとのことでした。

 仕事は嫌いではないが、淡々とこなすのみで、特に達成感やチームワークを感じることはない、帰宅後仕事はしないものの一人テレビとゲームで過ごす日々で、だんだん何もする気が無くなってきているということもわかりました。

 面談中、相手の目を見て話すこともほとんどなく、笑顔もなく、覇気がなかった姿が印象的でした。

 この男性は特別目立ったきっかけや原因がなく、周囲が気づかない間にストレスをため、心身ともに病んでいくパターンの典型例とも言えるでしょう。メンタルヘルス不調の発症を上司や同僚が知ると、「あの程度の仕事で?」等、周囲が驚くのもこのようなケースであることが多いです。

 症状が悪化するまでは、仕事はそつなくこなすものの、日々の生活に楽しみ、喜び、熱中できることなどがなく、気分のリフレッシュ、エネルギーの充電ができず、肉体的にも精神的にも磨耗消耗したガス欠状態です。たとえ働き続けることができていても、仕事以外での熱中できること、趣味などを見つけない限り、なかなか治らない種類の反応性ストレスです。

 この方には、仕事以外でも自分の熱中できることを見つけることが大切と感じ、薬を中心とした治療よりもカウンセリングを勧めました。

 
 ストレスの原因には、必ずしも自分だけで対処できないものがあります。対処してもすぐには改善しないこともあります。ストレスに反応する中で、その反応自身がストレスになってしまうと、人はストレス症状を呈し、いわゆるメンタルヘルス不調になってしまいます。

 ストレスに上手に反応することは大切です。しかし、反応そのものがストレスになってしまう前に、ぜひ、自分だけで溜め込まず、同僚や友人、家族、等々、あなたの周りにいるあなたのサポーターに相談していただけると幸いです。

 

文責:武神 健之
一般社団法人ストレスチェック協会 代表理事
医師、医学博士、日本医師会認定産業医