人事担当者:「今度のストレスチェックでは先生が実施者になってくれますよね。」
小太り産業医:「う~ん。ちょっとその辺は考えています。」
人事担当者:「先生は我が社の産業医なんですから、自動的に実施者になるんじゃないんですか?」
小太り産業医:「実施者=産業医じゃないんだよ。”産業医が望ましい”とは言われているけどね。」
人事担当者:「じゃあ、先生は実施者になることに躊躇しているんですか?」
小太り産業医:「実施者になるとリスクが生じるからだよ。それにもともとストレスチェック制度の実施者は産業医業務ではないから。」
人事担当者:「どういうことですか?」
小太り産業医はストレスチェック制度が始まった後のリスクをいろいろ考えています。大きくて新しいリスクである「実施者としてのリスク」があります。
まず、産業医がストレスチェック制度の中で必ず関わらなくてはいけない事、そうでは無い事に分けてみます。
・産業医が必ず関わらなくてはいけない事
面接指導の結果を受けての就業上の措置を講ずる場合の意見書提出
・産業医が必ずしも関わらなくても良い事
実施者、共同実施者に就く事
面接指導のための医師に就く事
この二つは外部の医師でも構わないのです。
ちなみに先月、厚生労働省よりテレビ会議システムを使った面接指導の実施について指針を出しています。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/150918-1.pdf
テレビ会議システムを使用した面接指導が可能な医師に該当するのは専属もしくは定期的に会社を訪問している嘱託産業医ぐらいしか居ませんね。
厚生労働省の発表しているストレスチェックのマニュアルでは「実施者は現場を知っている産業医が望ましい」と記載されています。実施者が産業医でなければならない理由はありません。
本題に入ります。実施者になるにあたり、どのようなリスクが考えられるのでしょう。
すべての情報を持つ事によるリスク
ストレスチェックの結果を知っているのは3人です。実施者、実施従事者、本人です。
ここである事例を想定しましょう。
例1
ストレスチェック後、高ストレス者に該当するAさんがいます。実施者として、本人にも面接指導を受けるように勧奨していました。しかし、Aさんはそれを拒否したため、実施者としては経過観察せざるを得ませんでした。その後、Aさんは自殺してしまいました。
例2
高ストレス者となったBさんは手を挙げたため面接指導を行う予定になりました。面接指導を希望した場合は、手を挙げてから一ヶ月以内に面接指導を行うよう努力義務としています。しかし、その事業所は嘱託産業医が月一度しか来訪しません。そうこうしているうちに一ヶ月以上経過し、そして自殺してしまいました。
極端な例かもしれませんが、リスク回避のためには極端な例から考えることが大事です。
例1ではストレスチェックの結果は実施者と実施事務従事者しか知りません。残された遺族が会社を訴えたとしても、「我々はストレスチェックの結果を知らなかったので、どうしようもない。」と言うでしょう。そうなると、遺族のわだかまりはどこに向かうのでしょう?
おそらくは実施者に向かうでしょう。実施者を民事裁判で訴える可能性はあります。実施者が面接指導を受けるように勧奨したり、メンタル系医療機関を受診するように勧奨していれば、訴えられても負けることはないでしょう。しかし、大事なことは裁判に出廷する時間を取られることと、勝っても弁護士費用は自分で捻出しなくてはいけないことです。
例2では会社はBさんが高ストレス者であることは知っています。まず、このような例であっても刑事裁判には問われません。これは労働局に確認済みです。しかし、民事裁判は起こされる可能性があります。「もっと早く面接指導していてくれれば、Bの自殺は防げた。」と。この場合、実施者と会社の両方を訴える可能性があります。勝敗はともかくとして、裁判所に出廷する事に取られる時間、そして裁判費用をどうするのか。
実施者になるかもしれない、医師、保健師、精神保健福祉士、研修を受けた看護師の皆さんは、これらのリスクをしっかり理解した上で、会社と相談した方が良いでしょうね。
人事担当者:「なるほど、実施者はかなりのリスクを抱えますね。」
小太り産業医:「そうだよ。裁判になったら激やせしちゃうよ!」
人事担当者:「じゃあ、このリスクを知らない先生に、実施者を今のうちにこっそり頼んじゃお!」
小太り産業医:「こいつ・・・、腹が黒すぎる。」
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文責:新井 孝典
一般社団法人ストレスチェック協会 理事
日本医師会認定産業医・労働衛生コンサルタント
株式会社なごや産業医事務所代表取締役
https://www.facebook.com/dr.occupational.physician
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